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絶望的な状況を打開してみる重要性

ちょうど一年前くらい。去年の7月、僕は人生に半分絶望していた。単位を思うように取れず、希望の進路に進めず、興味ない念仏のような講義を延々聞く毎日。正確には聞いてない。毎日大学には行くものの、講義なんか聞かずにぼーっとしてた。自分のせいといえばそうなのだが。。。

とりあえず教室に入って適当にスマホをいじって、友だちの演習問題を写させてもらって、昼時になったら学食でご飯を食べる。

これをひたすら繰り返してた。

 

せめて何か自分でやれよとか今だと思うんだけど、そもそも生きることに消極的になっていたし、困難な要求だ。

というか、問題が山積みで何から手をつけたらいいのか呆然としていた。

「このまま興味ない勉強を留年を何回かしながら、なんとか終わらせて適当に就職するのか」とか思ってた。

大学自体のレベルは高くて、普通なら羨ましがられる状況なのかもしれないが、ただただ苦しかった。むしろそれが余計僕を苦しめていた。ここでは勝てないとも悟った。

 

でも、僕は幸か不幸か欲深かった。

 

そんな見通しの立つ生活に僕の興味は掻き立てられないし、ましてや興味ない勉強をあと2年以上も続ける事に耐えられなかった。

何で高いお金を払ってそんな時間を無駄にしなければならないのか理解不能だった。

 

もちろん、勉強していくうちに興味が湧く可能性だってあっただろう。もしかしたらその分野の才能を秘めていたのかもしれない。でも当時その勝ち筋は全く見通せなかったのだ。

 

そして僕にとって重要なのは、今だった。今その瞬間ワクワクしていたいし、その時興味ある事に手を付けていたかった。

 

だから全てをリセットするために、違う大学に入り直すことを決心した。

 

 ちょうど一年前、この決心を周りに話したら基本的に反対された。少なくとも良い反応をする人はいなかった。

 

「せっかくいい大学入ったんだから勿体無い」

 

基本コレ。同意は得られないと薄々分かってはいたものの苦しかった。

唯一父だけが、「一回チャンスをやる」と了承してくれた。

 

僕からしてみればこれ程苦しい日々を続けるのはもう無理だった。生きてる意味や目標を見失っていた。

 

とりあえずこの状況を脱したい。その一心だった。ブログを始めたのもその頃だった。何か変わったらいいと思って始めてみた。

 

普通大学を入り直すとかだと、やりたい事があるものだけど、その当時やりたい事が明確にあったわけでなかった。ただ、今この状況を何とかしたかった。

 

それからは2年ぶりに参考書を引っ張ってきて勉強したり、久々に赤本なんてものに触れながら大学の勉強とは別に受験勉強していた。

 

その最中にも、この選択は正しいのかどうか常に不安だった。「もし落ちたら、、」とか「受かったとしても、、」とか、ふとした瞬間に涙が出るほど精神的に不安定だった。

 

そんな最後まで自分の選択が正しかったのか確信が持てなかったが、なんとか2度目の受験を乗り越え、いま新しい大学にいる。

 

そしてこの選択は今のところ正しかった。今、毎日が楽しい。一年前、絶望してたのが嘘のよう。ワクワクしてる。

 

とりあえずやってみて良かったと思えてる。

 

しかしきっと僕は恵まれてる。まず、状況を打開するチャンスをもらえた事。 そして幸いなことにこのチャンスを掴めたこと。

 

もし同じように現在の状況に苦しんでる人がいたら、どうか諦めないでほしい。きっとその環境が「合って」いないだけ。

合う場所に行けばまた輝ける。

今まさに僕は、ちょっと慣れてぬるま湯に浸かり始めてる現状をまた打開しようとしているところだ。

僕も打開する。一緒に打開しよう。