対人関係の悩みを無くす方法

「人間の悩みの全ては対人関係の悩み」と言ったのはアドラー。つまり対人関係の悩みを解決すれば人間の悩みはなくなるということ。

感覚で考えると「ホントにそうか?」と疑いたくなるけど、事実ベースで考えるとおおむね同意出来る気がする。何と言っても人間は社会の中で生きる人間だ。何をしようにも他者と関わらざるを得ない。つまり何かをして発生する悩みのそばにはいつも他者がいて、他者がいるばかりに悩みが発生する。であるならば、悩みを無くす方法は他者を排除するか、他者との悩みを解決するしかないわけだが、他者を排除して生きることは出来ないので、必然的に他者との悩みを解決する事、対人関係の悩みを無くす事になる。

それで早速その悩みを無くす方法だが、勿体ぶっても仕方ないので言ってしまうと

「自分と他者の課題を切り分けて考えること」

これのみだ。

細かいことを言うと、

・自己受容

・他者信頼

・他者貢献

が一応ゴールとして設定されてるんだけど、上の「自分と他者の課題を切り分けて考えること」さえ意識しておけばいいと思う。結局この3つもこの考えに回帰するから。

ではどうして自分と他者の課題を切り分けて考える必要があるかというと、「他者の課題に踏み込んでしまうこと」それ自体が悩みを引き起こしているからだ。

例えば、「何かを手伝ったり、頑張ったりしたのに誰も褒めてくれない」みたいな悩みは、何かを手伝ったり頑張ったりするのは自分の課題で、それを褒めるかどうかは他者の課題である。でも我々はつい「誰も褒めてくれない」という他者の課題の部分を悩んでしまう。他者が自分を褒めるかどうかなんてのはコントロール出来ないことなのにだ。コントロール出来ないということは解決出来ないということで、我々は解決出来ないことを悩んでいるのだ。こんな無駄な話はないし、そんなもの悩んでしまうのも当然だ。そもそも解決出来ないんだから。そして、解決出来ないからまた悩む。悩むけど、他者の課題だから解決できない。で、また悩む。堂々巡りとはまさにこのことで、恐ろしいスパイラルだ。

そう、我々は自分の課題に対して悩んでいるのではなく、解決しようもない他者の課題に対して悩むというスパイラルにはまっている。

 

ということは解決策としては、解決しようがないことは悩まないということになる。悩まないんだから悩みだって消える。こういうこと。なんと斬新で潔いのか。

悩みを解決するアプローチではなく、悩みそのものを無くすというアプローチだ。

そしてそれは他者の課題に踏み込まない事で実現でき、自分の課題と他者の課題を切り分けることから始まる。

砕けて言うと、悩んでも仕方ない、だったら悩まなければいいじゃん!ということ。こう書くと少々乱暴に聞こえるけど、間違った事は言ってないはず。だって解決しようがないんだから。

象を水辺まで連れて行くことは出来るけど、象が水を飲むかどうかは象次第でそこからは他者の課題なのだ。無理矢理飲ませる事は出来ない。出来る事はただ待つのみ。飲ませる事を悩んでも仕方ない。

これと同じだ。散々言うが、とにかく他者の課題に踏み込まない事、自分と他者の課題を切り分けて考える事。これさえ意識しておけば悩みそのものが無くなる。

 

「Aくんに嫌われてる」みたいな悩みだって、どんな行動をしても嫌う人は嫌うわけで嫌うかどうかは他者の課題なんだからそこに踏み込んで、自分を曲げたり悩むのは無意味ということになる。

すなわち、他者の課題は自分にはどうすることもできなくて、コントロール不能な事なんだから、諦めて自分の課題に集中した方がいいという事。

 

みなさん、他者の課題に悩む事をやめて自分の課題を解決しよう!

 

で、これはアドラー心理学を分かりやすく噛み砕いた「嫌われる勇気」から学んだこと。もっと深く知りたい方はぜひ!

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え