仕事は分野で決めない方がいい?

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(こないだ初めて出した役満国士無双」、震えた)

しばらく考えていた事に一応の答えが出せたので書き残しておくついでに、みなさんにも問いかけしたい。仕事をどのように決めるかについて。熱狂できるものの出会い方について。

僕らは仕事を考える時に、つい職種や分野で考えがちだ。金融系がいいとかIT系がいいとか。なぜ、そういう思考回路で考えてしまうかというと、それは小さい頃から受けてきた教育の影響によるものだと思う。

みなさんも一度は、保育園でも小学校でも中学校でも「将来の夢は?」と聞かれたことがあるだろう。そしてその「将来の夢は?」とは殆どの場合、職業について聞いている。ケーキ屋とかね。

僕も例外なく何度も聞かれてきて、コロコロ変わりやすい性格の僕は、保育園の頃は「(ガソリンを運ぶ)ローリーの運転手」「ベッカム」が将来の夢で、小学校の時は「建築士」とか「企業家(こっちの字の)」だった。中学校では「総理大臣(半ば本気)」とか、ニュースでたまたまボーナスの額が半端ない事を知って「最高裁判所裁判長」になりたいとか言っていた。けどすぐに日本で1人しかなれない事を知り、「やめよう」と思った。笑

 

それからは漠然と「自分で何かしたら楽しそうだな」みたいなのを思ってた。(ダサい)

高校入ってもそんな事は思っていて、当初は文系行こうと決めてたけど、進路面談で「それなら理系に行った方がいい」みたいなのを担任の先生に言われて、「確かにな」と自分の中で腑に落ちたので、理系へと急に方向転換した。

 

こんな感じの環境で育ってきたため、仕事とかを考える時には当然のごとく、業種だったり分野・領域で考える癖が付いてしまっていた。

それで最近丁度、そんな癖通りに自分はどの領域に興味があるんだろうというのを職業、分野の観点から真剣に考えていた所、そんなものはないという事に気が付いてしまった。これには驚いた。教育分野に一定の関心はあるものの、人生を懸ける程熱中出来るかと言われれば、即答で「No!」だ。

機械学習人工知能を利用した外食産業へのアプローチも考えてみたけど、それも熱中出来るかと言われれば問答無用で「No!」だった。

僕は世間で言われてるほど「ブレる」ことに関して否定的でないし、むしろ肯定的ではあるものの、この事実に気付いた時はさすがに「あぁ、自分は何にも熱狂出来ないのかもしれない」と虚しく、悲しく、情けなくなった。

 

それでしばらく悩んでいた時に、ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイの前澤友作氏のスピーチ動画をYouTubeで見つけた。

そこで彼は、仕事を決める時にはもっと抽象的な「なんのためにするのか、それをやって最終的にどうしたいのか」みたいな事から逆算して考えるといい、みたいな事を語っていた。これには目から鱗だった。

なぜなら抽象度の高い目標を据えることで、やりたい仕事や職種、分野などはその抽象的な目標を達成する為の"手段"とみなせることになるからだ。

例えば仕事として、「芸能人」を目的にしてしまうと、芸能人という職に向いてなかったり、芸能人という職に熱中出来なくなった途端に行き詰まってしまう。

しかし、「人を笑顔にしたい」みたいな抽象的な目標を据えると、たとえ芸能人を諦めざる得なくなっても、YouTuberでもそれは達成出来るし、ブライダルプランナー、ホテルの支配人、はたまた料理人など様々な職種、分野から達成する事が可能になる。その中から自分が向いてるものや、熱中出来るものを選び取って、仕事としていけば良い。ある1つの抽象度の高い指針を元に仕事を選び取るこの方法なら、闇雲に熱中出来る仕事を手当たり次第探すよりも、方針みたいなのがあるおかげで、熱中出来る仕事に出会いやすく(気付きやすく)なる気がする。

  

そもそも手段は代替可能だが、目標は代替不可能なものだ。「外資コンサルタントとして働きたい」みたいな感じの目標で生きてしまうと、「違うな」となった時にどうしたらいいのか分からなくなってしまうだろう。

しかしこの「外資コンサルタントとして働く事」が、さらに抽象的な目標を達成する為の手段ならば、たとえ「違うな」となった場合でも、異なる手段を取ればいいだけの話になる。しぶとく生きるためにも、人生の選択肢を増やすという面でも、この考え方は戦略的で有用なのだ。

 

また、抽象的な目標は考えて見つけるものでもないとも思った。自らが日々生活する中で、どういった事に興味があり、幸せを感じるかをちゃんと観察すると、それは自然に見つかるものな気がする。抽象的な目標は直感的なのだ。

先ほど、「目標は代替不可能」と言ったのはそのため。直感に強く紐づけられているがために、抽象的な目標を変える事は簡単には出来ない。直感なんてものはスキルのように即効で身につくものではないから。

 

これらの考え方は一見高邁で理想主義的に見えるが、上にも書いてある通り、実際はかなり戦略的で合理的な方法だと感じる。

 

そもそも熱狂出来る仕事なんてものは考えて見つかるものでもないし、ある時ふと気付いたり降りてくるものだろう。でもだからといって闇雲にやるのではなく、こうした1つの大きな指針を軸に生きていれば、早い内に見つかるものだと信じている。そして信じる事にした。とりあえずいまは。

 

僕は今のところ「こうしたらスムーズに動くしスッキリするのになーみたいなシステム等を作ること。そしてそれを実際に自分の目で確かめること」に直感的喜びを感じることに気付いた。簡単な例でいうとエスカレーター。エスカレーターとか左ばっか並んでないで右側にも止まって並べばいいのにな。みたいなやつ。普通に考えれば、論理的に考えればそっちのが良いのにみたいなのが世の中ゴロゴロ転がっていて、こういうのをあまり許せないたちで。。。これが抽象的な目標。

 

この仮説もこの抽象的な目標の一部である「自分の目で確かめたい」にあたるので、確かめようと思う。まずは手当たり次第「こうなった方がいいっしょ」っていうものを身近に出来るところから作りながら。

 

僕は学生かつ、かなり未熟者で社会で仕事なんてした事がほとんどないから分からないが、頭で考えるぶんにはあまりズレたことは言ってないように思える。経験豊富なみなさま的にはどう思えるのだろうか。